緑熊 40代、どう生きる。

41歳でセミリタイアした元サラリーマンの日々

他人は心配しないで応援する、応援できないなら何もしない方がいい

先日、実家に帰った際に父親と反りが合わない出来事があり、滞在途中に出ていってしまいました。

 

その後、一緒に実家に帰っていた弟から「父親が心配していたよ」と聞きました。

 

正直な感想は「ふーーーん」というもので、更に言うなら「心配するくらいなら原因になったアレを止めてくれればよかったのに」と思いました。

 

他人を漠然と心配する事に意味はあるのでしょうか。

 

心配すると言うのはマイナスの感情なので、心配される方と心配する方の感情を足すとマイナスになります。

 

(心配される方)0     (心配する方)ー

 

では、応援する場合はどうでしょう。

 

スポーツ観戦で特定のチームや選手を応援する事はよくあります。

 

中には「勝負は自分の戦いで応援されても意味がない」と考えるストイックな選手もいるかも知れませんが、大体はプラスに働くでしょう。

 

応援する方はそれによって自分も活力を貰っているのでプラスです。よって応援される方と応援する方の感情を足すとプラスになります。

 

(応援される方)0 or +     (応援する方)+

 

つまり他人に対しては心配するより応援した方がいいと言うことになります。

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心配すると応援するが置き換わらない場合

 

続いて心配すると応援するが置き換わらない場合を考えます。

 

例1:〇〇がその様な(貧乏な)状況でちゃんと暮らしていけるか心配しています。

 

心配を応援に置き換えるとこうなります。

 

〇〇がその様な(貧乏な)状況でちゃんと暮らしていけるか応援しています。

 

文章がおかしいです。

 

昔のドラマに「同情するなら金をくれ」という有名なセリフがありましたが、この状況で心配される方は「心配するなら生活物資を送ってくれ」と思うでしょう。

 

またそこまで思わなくても、この状況で心配だけされるのは傷口に塩を塗り込まれているようで余計に辛くなるのではないでしょうか。

 

自分が一番自分の事を心配しています。

 

例2:〇〇で相当稼がれたようですが、税金をちゃんと払っておられるか心配しています。

 

はっきり言って余計なお世話ですw

 

この場合は全く心配していないですよね。心配していると言う言葉を使っていますが、寧ろ揚げ足をとったり、引き摺り下ろそうとしています。

 

こちらも心配を応援に置き換えると意味不明な文章になります。

 

〇〇で相当稼がれたようですが、税金をちゃんと払っておられるか応援しています。

 

つまり心配を応援に置き換えられない場合は、他人にその心配はしなくていいと思います。

 

他人に対して余計な心配をしないで自分の人生を楽しんでいきたいですね。