緑熊 40代、どう生きる。

41歳でセミリタイアした元サラリーマンの日々。

アーリーリタイアして『○億円ドブに捨てる』は今は違うような気もしている

アーリーリタイアすると『○億円ドブに捨てる』というような記事を読んだことがあります。

 

○の部分は、簡単には手取り年収×(60-リタイア年齢)で算出できて、社会保障の会社負担分も含めて考える場合もあるようです。

 

何れにせよ、大金をドブに捨てている事から、後悔する事を仄めかしている様にも受け取れます。

  

僕もリタイアするまではそんなものかなと思っていました。

 

しかし、今はそうでもないのかなあという気がしています。

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この心変わりは、なぜなんでしょう。

 

一つは、僕の場合は半年休んだくらいで生産的なことをやりたくなって来ていますし、生産的な事をやり続けたら、再びそれがお金に結びつく可能性があること。

 

また、リタイアした事で膨大な自由時間を手に入れましたので、その時間を武器にする事で多少はお金を稼ぐ事ができるようにも思っている事があるかも知れません。

 

そうした事で稼げる金額は、一般的なサラリーマンからしたら“微々たる”ものかも知れません。

 

でも、自分のように年間の生活費が100万くらいだと、その“微々たる”ものと株の配当で生活が賄えてしまう気がしています。(実績がないので、今のところ気がしているだけです)

 

そうなると、サラリーマンを続けた場合の収入はドブに捨てるというか、あっても、なくても、実生活はあまり変わらないので、開き直った可能性があります。

 

あとは何でしょうか。リタイアするまではサラリーマンとしての収入を得る当てがありましたが、辞めてしまった今はその可能性が途絶えましたので、諦めで気持ちが変わったのでしょうか。

 

アーリーリタイアして『○億円ドブに捨てる』は、アーリーリタイアしてしまうと思わないが、アーリーリタイア前には誰しもが考えてしまう通過儀礼的な存在かも知れないとも考えました。

 

僕の知っている節約リタイアラーで、サラリーマンを辞めて○億円(○千万)ドブに捨てたと後悔しながらリタイア生活をしている人はいないので、実際にそのような後悔をする事があるのかは興味があります。